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地方新聞 ディ ラインプァルツ(2002年 12月4日)

指に導かれカイザースラウタンへ

  ただでさえ日本人がここプファルツ地方に来るなど珍しいのに
こちらの日本人女性 落合 敏恵がここカイザースラウタンに来た理由は、さらに輪をかけて珍しく、またなんて単純な理由だったのだろう。
「わたしは、まずヨーロッパの地図を広げました。そして目を閉じ、適当に指を置きました。」
指された場所は、間違っていなかったといえる。来年6月に、28歳のきゃしゃな彼女は、職人養成マイスター学校 カイザースラウタンにて卒業試験を控えている。
実は、遠いドイツへの道のりは完全に偶然だったわけではない。
「日本の大学で芸術学を学ぶかたわら、ドイツ語を専攻し、同時に木工職にも興味がありました。」とにっこり笑う彼女。
彼女の住む名古屋市は、東京と大阪の間に位置し、日本で4番目に大きい都市で約2500万人の人口だそうで、就学場所はあるが職人になるにはかなり厳しく、特に 女性には難しいようである。彼女の目標は、一度木製の楽器を作ってみたいというもの。
カイザースラウタンには、すでに2年間在住、その前は、マインツに住み、マインツ大学でドイツ語を勉強していたそうだ。
事情の分からない外国のラインラントプファルツ地方に一人で住むのは、怖くなかったか?という私の質問に彼女は「いいえ」と答え短い黒髪をなでた。
「まだ若く、誰にも気兼ねなく自由に動けるので全く怖くはなかったです、それに私は、どうしてもヨーロッパの都市が見たかったので。問題が起こる方向には少しも考えなかったです」とのこと。
強いて言えば、ドイツに来るのに自分の家族を説得することのほうが問題だったそう。母親はあまり賛成しなかったが、強い意志により説得成功。
「最初の一ヶ月目はとても苦しく悲しく、全く笑いませんでした。」と彼女。
今この28歳の彼女が絶え間なく笑って話しているのを見ると信じられない。
言葉といえば、カイザースラウタン地区の方言だが、彼女は最初からあまり苦労しなかった様子。
「ここの方言はわりと分かります」と彼女。
言葉の支障は今ではほとんどないようだが、実際彼女にとってその土地の言葉を覚える以外他に方法はなかったのだから当然と言えるかもしれない。カイザースラウタンに来てからは、まだ一度も日本に帰っていない彼女は、家族と日本食をとても懐かしく思っているようだ。
この11月に母親と妹の二人が本人を訪ねて来る予定となっており、一週間の短い訪問ではあるが、彼女はとても喜んでいる。
学校について聞くと
「カイザースラウタンマイスター学校は、とても気に入っています。先生はみんなユーモアがあってリラックスしていて、最初からとても親切な歓迎を受けました。プファルツ地方の気質も好きです。荒さの中に繊細な気持ちがあるように感じます。」
プファルツ地方はサッカーでも有名だが、彼女はあまりサッカーには興味がないようだ。
「誰かが私を競技場まで引っ張って行かないと行かないでしょう。」と彼女。
しかし彼女には、来年までまだフリッツワルター競技場に行くチャンスはある。
卒業後は、日本に完全帰還する予定である。
「滞在ビザに制限があるので仕方ありません。本当はもっとドイツに住みたいのですが、難しい現状です。」とのこと。


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